東南アジア地域における狂犬病

Rabies in the South-East Asia Region

WHO South-East Asia Regional Office, 2009

(仮訳)鹿児島大学名誉教授 岡本嘉六

 

1.緒言

狂犬病は必ず死亡するウイルス性疾患であり、動物の咬傷によってヒトは感染し、その大半はイヌによる。この病気は適時の曝露前および曝露後の予防接種によって防ぐことができが、一旦発症すると、死は避けられない。

 

2.病気の負荷

東南アジア地域において、14億以上の人々が狂犬病に感染する潜在的リスクに曝されている。毎年、東南アジア地域で23,00025,000名が狂犬病で死亡している。これは、全世界の狂犬病による死亡者の約45%に当る。ただし、狂犬病の全ての症例が通知・報告されている訳ではないので、実際の人数は判らない。東南アジア地域の国々で狂犬病の疑いがある動物に曝露した後で曝露後予防処置を受ける患者は、年間380万人と推定されている。推定・報告されたヒト狂犬病症例のデータを表1に示す。

1東南アジア地域におけるヒトの狂犬病

推定・報告された症例数

人口10万当り死亡率

バングラディッシュ

2008年の報告数180

推定約2000

0.14

ブータン

散発的(20082例)

0.28

北朝鮮

散発的

不明

インド

20,000

3

インドネシア

100

0.045

ミャンマー

1,000

0.35

ネパール

200732#

0.21

スリランカ

200851$

0.26

タイ

20088*

0.012

#:ネパール保健人口省疫学疾病制御部からの個人的情報

$Weekly Epidemiological Report

*http://thaigcd.ddc.moph.go.th

 

3.狂犬病の主な犠牲者は子供達

入手可能なデータによると、狂犬病流行地においてイヌの咬傷を受ける人々の約40%515歳の子供達である。子供達で起きた咬傷の大半は気付かれず、その結果、曝露した子供達は適時の曝露後予防処置を受けられないか、フルコースを終えることができない。したがって、幼い子供達が狂犬病と診断されずに死亡する例が想像以上に多い可能性がある。

 

4.狂犬病:ある国では無視された病気で、別の国では撲滅に成功

狂犬病を発症したらどんな治療も成功せず、病気の深刻さと死を避けられないことから、狂犬病の犠牲者の多くは病院で治療を受けずに自宅で死亡する。こうした状況から、発生動向調査データが一般的に欠如し、公衆衛生の政策立案者が狂犬病の健康および経済への意義を過小評価することになる。したがって、狂犬病は無視された動物(イヌ)の咬傷による希な病気と受け取られ、相応の優先順位や注意を与えられない。狂犬病はこの地域の大半の国で23の省庁、保健省、農業省および地方当局の管轄下にある。これらの機関の間に協力や連携がなく、狂犬病制御のための技術的および財政的資源も不適切である。大半の国において国の狂犬病制御計画がなく、増加するイヌの頭数が、ヒトの曝露を予防しイヌの予防接種率を望ましい水準まで高める上で課題となっている。

1.イヌの集団予防接種活動のヒト狂犬病発生率に及ぼす影響、

スリランカ19752005

 

東南アジア地域において、スリランカとタイは、イヌの集団予防接種活動、曝露後予防処置利用の改善および効果的なワクチン供給システムを通して、ヒトの狂犬病症例数の急激な減少が達成された。両国は、費用対効果が優れているヒト狂犬病の予防に皮内接種ワクチンを採用している。スリランカにおけるイヌの予防接種がヒト狂犬病の頻度に及ぼした影響を図1に示した。

インドにおいて、狂犬病皮内予防接種計画が州段階で推進されている。イヌの出生制限と狂犬病予防接種は、NGOの動物福祉団体によって行われている。狂犬病支援、注意喚起および州段階の先駆的計画には、アジア狂犬病基金、インド狂犬病予防・制御協会、インド動物福祉協会など多くのNGOが参加している。

 

5.狂犬病ワクチン、需要および供給の状況

David Semple卿が開発したヒト狂犬病用ヒツジ脳ワクチンは、1911年にインドで初めて使用された。それ以来、乳飲みマウス脳ワクチンなど神経組織に対する反応性の低いワクチン(NTV)を生産するための技術的進歩がインドネシアとタイで進められてきた。神経組織ワクチンは、イヌ用の曝露前ワクチンおよび食用動物と伴侶動物用の曝露後ワクチンとして多くの国で過去に生産されていた。WHOは東南アジア地域の加盟国に対して、神経組織ワクチン(NTV)の生産停止を奨励してきている。バングラディッシュ、インド、インドネシア、ミャンマー、ネパール、タイおよびスリランカは神経組織ワクチン(NTV)を生産してきており、バングラディッシュとミャンマーを除く国々は、ヒトにおける狂犬病曝露後予防のための使用中止あるいは生産中止を次の年に行った。

 ネパール(2006年)

 インド(2005年)

 インドネシア(1996年)

 スリランカ(1995年)

 タイ(1992年)

 

インドは、ヒト二倍体細胞ワクチン(HDCV)、ベロ細胞精製狂犬病ワクチン(PVRV)、鶏胚細胞精製ワクチン(PCECV)およびアヒル胚細胞精製ワクチン(PDEV)などの最新の組織培養狂犬病ワクチンを生産しているこの地域唯一の国である。インドはヒト用狂犬病ワクチンを年間1,500万ドース以上生産している。その他の国々はヒト用狂犬病ワクチンを輸入している。南アジア地域の国々における組織培養狂犬病ワクチン(TCV)の需要と費用に関する詳細を表2と表3に示した。

2組織培養狂犬病ワクチン(TCV)についての曝露後予防の凡その需要

曝露後予防を求める人数

TCVの需要

筋肉注射(5ml

皮内注射(1ml)+消耗(10%

バングラディッシュ

60,000

300,000

66.000

ブータン*

2,000

10,000

2,200

インド*

3,000,000

15,000,000

3,300,000

ミャンマー

50,000

125,000

55,000

ネパール*

30,000

150,000

33,000

インドネシア*

12,000

60,000

13,200

タイ*

400,000

2,000,000

440,000

スリランカ*

200,000

1,000,000

220,000

3,754,000

18,645,000

4,129,400

*TCVのみ使用

 

 

2狂犬病ワクチン:費用の見当

狂犬病ワクチンの種類

1回の投与量

5回の筋肉内注射

5回の皮内注射

投与量

費用(ドル)

投与量

費用(ドル)

PCECV

1ml

5ml

35

1ml

7

PVRV

0.5ml

2.5ml

35

0.5ml

7

PDEV

1ml

5ml

35

1ml

7

HDCV

1ml

5ml

90

1ml

18

PCECV:鶏胚細胞精製ワクチン、PVRV:ベロ細胞精製狂犬病ワクチン、

PDEV:アヒル胚細胞精製ワクチン、HDCV:ヒト二倍体細胞ワクチン

 

インドネシアはイヌ用にNTVを依然として生産している。インドとネパールは、イヌの予防接種用に組織培養ワクチン(TCV)を生産しているが、イヌの集団予防接種計画を遂行するには十分でない。バングラディッシュ、北朝鮮およびミャンマー以外の国々は、イヌ用の組織培養ワクチン(TCV)を欧州、米国およびその他のアジアの国々から輸入している。

 

6.東南アジア地域における狂犬病制御

狂犬病は100%致命的であるが、同時に、100%予防可能な病気である。それは貧困がもたらす病気であり、非常に脆弱な人々と子供達を襲っている。ヒトおよびイヌの狂犬病を制御して予防するために必要な道具と方法は利用可能であり、狂犬病撲滅の実現可能性の証拠は、日本、シンガポールおよびマレーシアのような国々で実証されてきた。イヌの集団予防接種に主に焦点を合わせた狂犬病撲滅計画は、ヒト狂犬病予防計画に将来的に役立つことから大いに正当化される。

狂犬病撲滅の目標を達成するためには、医療部門と動物衛生部門の間の協調した努力が必要とされる。WHOは技術的情報を提供するとともに、そうした努力への支援を続ける。

6.1 戦略

東南アジア地域の加盟国において次の5項目の主要活動を開始・強化することをWHOは勧告する。

1)包括的な国の狂犬病制御計画の策定:様々な段階における狂犬病制御のため、国の戦略と政策に関する合意と連携した取組み方。

2)イヌによる咬傷の迅速かつ適切な治療の推進:イヌの咬傷を直ちに石鹸と水で完全に洗浄して清潔にすることが、狂犬病に対する救急処置として最も効果的である。狂犬病予防の最初の重要なこの手順について、国民を教育する必要がある。

3)組織培養ワクチン(TCV)の利用可能性を高めるTCVは、狂犬病予防の不成功がきわめて少なく、安全かつ効果的である。様々な部位へのTCV皮内接種は、安全性と有効性を損なうことなく、曝露後治療の費用を大幅に減らす。WHOは神経組織ワクチン(NTV)の廃止を強く勧告するが、それはこの地域のバングラディッシュとミャンマーの2ヶ国で依然として生産・使用されている。NTVは副作用と不成功の確率が高く、効果も低い。

4)イヌの予防接種と頭数管理を通してイヌの狂犬病を制御:これには以下の事項が含まれる。

 高力価の組織培養狂犬病ワクチンを用いた継続的なイヌの集団予防接種計画を組織化する

 責任あるイヌの所有権を地域社会において推進する

 予防接種率を高めるため、放浪犬に対する経口狂犬病ワクチンを推進する

 動物出生制御(ABC)計画を通して、イヌの頭数管理を行う

 イヌの貿易と移動を管理する。

5)公衆衛生教育と広報:これはあらゆる公衆衛生計画の重要な要素であり、狂犬病の予防と制御に関して国民教育を行い注意喚起活動をすることを加盟国に対して勧告する。

6.2 必要とされる活動

以下のこと全てが必要とされる活動である。

1)国の狂犬病制御計画を策定し、計画責任者を指名し、活動の5ヵ年計画を立てる。

2)狂犬病発生動向調査を改善し、データを収集する。

3)神経組織ワクチン(NTV)を中止し、最新の組織培養ワクチン(TCV)に置き換える。

4)曝露後予防主値のためTCVの全国的使用を推進し、費用対効果が高い皮内接種法を主要な狂犬病予防接種センターに導入する。

5)イヌの集団予防接種、イヌの頭数管理および地域社会の積極的参加を通して、イヌ集団における狂犬病制御のため省庁間および部門間の連携を強化する。多くのNGOと動物福祉グループに関心を持たせ、狂犬病制御に参加させる。

6)一つの場所から別の場所(田舎から都市部へ、島から島へ)へのイヌの移動を規制する適切な措置を採る。

7)地域社会の参加

 

7.東南アジア地域における狂犬病制御のためのWHO連携機関

(省略)