犬による咬傷事故

鹿児島大学名誉教授 岡本嘉六

 

毎年4月・5月は犬の登録と狂犬病予防注射月間であり、地区ごとの集合注射の予定が広報される時期になった(鹿児島市)。「責任ある飼育」は飼い主の義務であり、「動物の愛護及び管理に関する法律」では、次のように定めてある。

動物の所有者又は占有者の責務等

第七条 動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者として動物の愛護及び管理に関する責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、生活環境の保全上の支障を生じさせ、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない

  動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物に起因する感染性の疾病について正しい知識を持ち、その予防のために必要な注意を払うように努めなければならない

とくに、「感染性の疾病」については、「狂犬病予防法」が所有者の義務をさらに詳細に定めている。それは、「世界で毎年50 億人が感染し、55,000人程度が狂犬病で死亡しており、ヒトの死亡の95%以上は感染した犬による咬傷事故を原因としている」からである。

登録

第四条  犬の所有者は、犬を取得した日(生後90日以内の犬を取得した場合には、生後90日を経過した日)から30日以内にその犬の所在地を管轄する市町村長に犬の登録を申請しなければならない。

(予防注射)  

第五条  犬の所有者は、その犬について、狂犬病の予防注射を毎年一回受けさせなければならない。

数十億人が「ヒトの最も親しい伴侶動物」とされるイヌに咬まれているが、日本の状況はどうか? ペットフード協会の「平成272015 全国犬・猫飼育実態調査結果」によると、15.8%の世帯が平均1.26頭のイヌを飼育し、全国で992万頭が飼われていると報告された。2010年の飼育世帯17.8%、飼育頭数1,186万頭より大幅に減少したことになる。

世帯数

(単位:千)

飼育世帯率

飼育世帯数

(単位:千)

平均飼育頭数

飼育頭数

(単位:千)

55,364

14.42%

7,985

1.24

9,917

そして、現在犬猫を飼っている人たちにとって、ペットは「生活に喜びを与えてくれる大切な存在」、また「健康面や精神面、及び人と人とをつなぐコミュニケーションにおいても重要な存在である」ことが明らかになった、としている。飼育頭数は2008年の約1,310万頭をピークに減少に転じており、高齢化と若い世代の生活不安定化が関与しているのかも知れない。

他方、環境省によるイヌの咬傷事故調査によると、減ってはきたが2013年で4,454頭が咬傷事故を起こしている。

日本におけるイヌによる咬傷事故の年間発生件数

日本におけるイヌによる咬傷死亡者数の推移

出典:環境省「動物愛護管理行政事務提要

咬傷事故は減っているが、それによる死亡者数は減っているとは決して言えない。咬傷事故を起こしたイヌの内訳をみると、この40年間で、登録されているイヌが48.1%から72.9%へと増加している一方で、未登録のイヌが29.2%から17.3%へ、野犬が8.6%から1.9%へと、それぞれ減少している。これは何を意味しているのだろうか?

 

イヌの咬傷事故のイヌの内訳:各期間の年間平均

期間

咬傷犬数

登録

未登録

飼い主不明

野犬

19791983

13,189

100%

6,330

48.1%

3,843

29.2%

912

7.0%

1,124

8.6%

19891993

8,951

100%

4,079

45.5%

2,747

30.6%

820

9.2%

823

9.2%

19992003

6,315

100%

3,804

60.3%

1,400

22.2%

629

10.0%

286

4.5%

20092013

4,436

100%

3,230

72.9%

770

17.3%

353

7.9%

83

1.9%

 

咬傷事故の発生場所は、この40年間で自宅が45.1%から31.2%へと減少した一方、公共の場所は44.3%から56.2%へと増加した。前者は郵便や宅配便など家族以外が訪問した際、後者はイヌを散歩などに連れ出した際に起きたことになる。

 

イヌの咬傷事故の発生場所:各期間の年間平均

期間

犬舎等の周辺

公共の場所

その他

19791983

5321

45.1%

5258

44.3%

1238

10.6%

19891993

3405

37.5%

4764

52.9%

863

9.6%

19992003

2087

32.9%

3463

54.7%

785

12.4%

20092013

1381

31.2%

2486

56.2%

559

12.7%

 

咬傷事故を起こした際のイヌの状態はどうだったのか? 公共の場所の増加と関係する「放し飼い」はほとんど変化しておらず、「放浪中」は15.2%から4.7%へと激減している。「係留して運動中」が10.8%から27.0%へと2.5倍に、「その他」は11.3%から22.6%へ倍増している。散歩や運動の際にリードはしているものの、イヌの行動を制御できていない状況が想像され、死亡事故が減っていないことと考え合わせると、大型犬を飼育したものの管理できていないのではなかろうか? 

 

咬傷事故の発生時のイヌの状況:各期間の年間平均

期間

犬舎等に係留中

係留して運動中

放し飼い

放浪中

その他

19791983

4259

36.0%

1283

10.8%

3153

26.6%

1804

15.2%

1338

11.3%

19891993

2508

28.8%

1282

14.7%

2253

25.8%

1260

14.5%

1415

16.2%

19992003

1589

25.4%

1149

18.3%

1595

25.5%

610

9.7%

1320

21.1%

20192013

931

21.0%

1197

27.0%

1099

24.8%

210

4.7%

1002

22.6%

 

咬傷事故は減少してきたとは言っても、毎日11件以上が全国のどこかで起きているのであり、しかも、死亡事故は減少していない。マナーの改善していない飼い主が多いことが明らかである。環境省「動物愛護管理行政事務提要」では咬傷事例を集計しただけであり、具体的事例を挙げて飼い主の飼育マナーの改善すべき点や法的措置の改善すべき点を説明していない。

(つづく 2016/3/27

咬傷事故の具体例と法的措置

イヌによる咬傷事故の大半は軽症であり、飼主と被害者との間の示談・和解で解決していると思われるが、悪質な場合は刑事告訴されて有罪となり、さらに民事裁判で多額の損害賠償を課せられる。20092013年に発生した年間4,436頭の咬傷犬はその後どうなっているか?

 

咬傷事故発生後の犬の状況

捕獲

引取り

飼養継続

逸走

その他

2009

182

454

3,934

182

201

2010

159

311

3,542

187

195

2011

150

307

3,402

145

157

2012

144

288

3,384

194

209

 

大半が飼養継続であり(おそらく和解)、捕獲や行政による引取りの一部は悪質で刑事告訴されているものと思われるが、環境省の集計では判らない。「判例時報」や「判例タイムズ」を調べれば判決を読めるのだが、手元にないのでネット上にある判例の紹介記事を紹介するが、判例のごく一部に過ぎない。

 

咬傷事故の判例

発生

概要

出典

2014/2

北海道:散歩中の主婦(59才)が放されていた2匹の土佐犬(いずれも雄で、体重約50kg、体長1m超)に襲われ死亡した。飼主は登録も狂犬病予防注射せず、違法に飼育していた。重過失致死罪で懲役26か月、罰金20万円の実刑。さらに民事訴訟で6,300万円の支払い。

B

2011/8

甲府市:リードが切れて飼主宅から逃げ出した中型犬が、散歩中の女性(56才)を襲い、転倒して頭を強く打ち、1ヶ月後に死亡した。1年前にも同様の事案を起こしており、管理・注意義務違反で5,433万円の支払い。

B

2011/5

東京:大型犬(ドーベルマン)を飼主の6才子が散歩に連れ出したところ、同じマンションの敷地内で住人母子めがけて犬が勝手に走り出し、4才の子に向かってきたので子をかばうため母親が間に入ったところ、大腿部を咬まれた。慰謝料(31万円)を払うことで示談が成立したが、恐怖感からこのマンションを退去したため、家賃収入を失ったマンションの管理会社が飼主を訴えた。1,725万円の支払い。

B

2008

大阪:家の鎖から離れて路上に出た紀州犬が、飼い主と散歩していた飼い猫に咬みついて殺した。猫の飼主が蒙った精神的苦痛に対する慰謝料として20万円の支払い。

B

2006/4

熊本市:施錠を忘れたため土佐犬が逸走し、通りかかった老女(79歳)に咬みつき、死亡(失血死)させた。重過失致死罪で起訴され、損害賠償金を支払うことを条件に、禁固2年執行猶予3年。

A

2005

名古屋市:鎖から外れて敷地外に出た中型犬が、歩道をリードをつけて散歩させていた小型犬に咬みつき殺した。被害者女性は、被害犬をかばおうと止めに入ったところ、転倒し、顔面等を道路に打ちつけ顔面挫傷、左右指咬創、右ひざ挫創等で加療2週間の傷害を負った。死亡に対する慰謝料50万円、女性の治療費などとして17万円、合計67万円の支払い。

B

2004/4

兵庫県:公園で闘犬として飼育されていたアメリカン・スタッフォードシャー・テリア(雄、体長80cm)が散歩中に放れて男児(3歳)の頭に咬みつき、3ヵ月の重症を負わせた。懲役24月の実刑

A

2003/10

福岡県:運動のために放した大型犬が他人に咬みつき重傷を負わせた男性を逮捕した。男性は、ゴールデンレトリバーと秋田犬、グレートデンの大型犬3匹を飼育し、日頃から河川敷でひもにつながずに運動させ、県から係留するよう措置命令を受けていた。被害者との示談が成立し、懲役2、執行猶予3年。

A

2003/12

名古屋市:闘犬アメリカン・スタッフォードシャー・テリア(体長1m)の引き綱を放し、男性3人に怪我をさせた。前歴があり、危険性の認識があったとして傷害罪を適用し、懲役3、執行猶予5年、犬の没収。 

A

2003/4

福岡県:綱をつけて散歩中の秋田犬が、歩道を自転車で走行中の女性のズボンの裾に咬みつき、咬傷とともに自転車が転倒して怪我を負い1週間入院。歩道を自転車で走行した道交法違反と咬傷事故と法的に因果関係はなく、犬の飼い主の保管注意義務違反を認め、約150万円の支払を命じた。

A

2001/12

名古屋:公園内の通路を自転車で通行していたところ,大型犬が突然飛び出してきて自転車と衝突し転倒し、その女性は左大腿骨骨折などの傷害を受け、通院治療を受けた。82万円の賠償。

B

2001/4

松江:小学校5年生女児が下校途中,通学路沿いにある車庫内に長い紐で繋がれ,道路沿い近くまで出てくることができた犬に手を差し出して咬まれた。「犬にさわらないで下さい」という看板を掲げていたが、被告の責任を回避できないとして、7万5000円の賠償。

C

2000/5

大阪市:飼い主と一緒に玄関から出てきたミニミュアダックスフント(体長約40cm)が女性(79歳)に走り寄ったため転倒して左足を骨折し、入院後に肺炎などで死亡した。657万円(損害額の3割)の賠償。

A

1999/12

名古屋市:飼主の敷地内で放し飼いされていた犬が逃げ出し、散歩中の男性(49才)に背後から襲い掛かった。狂犬病予防注射をしていないことを知った男性は狂犬病発症におびえてPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した。損害賠償合計799万円。

B

1998/2

大阪市:女性が飼い犬(体重約19キロ)を散歩中に、対向車線側歩道を子供達が連れていた大型犬(グレートデン・体重約60kg)と吠え合い、大型犬の首輪の抜けて女性を襲い、大怪我を負った。174万円の支払。

A

1975/3

大阪市:土佐犬(50kg)を使用人が散歩に連れ出したところ、路上で祖母に連れられて散歩していた幼児(2才男児)を襲い、顔、首、頭などを咬んで死亡させた。飼主は8頭の土佐犬を飼育しており、過去5年間に10回以上、通行人や他人の飼犬を襲う事故が繰り返さし、飼犬が咬み殺された事件もあり、保健所から口輪をつけて散歩させるよう注意を受けていた。判決は3,914万円(判決確定までの金利を含めると5,292万円)。

B

Aペット動物法務支援事務所Bアミ・インターナショナル行政書士事務所CGMOインターネットグループ

 

加害者となった飼主は、被害者が勝手に近づいて咬まれたのであって責任はないと主張する例が多く、大型犬をリードなして公園や河川敷で遊ばせるなど悪質な例もある。死亡を含むイヌの咬傷事故を防ぐために、行政は何をしているのかと憤懣をぶちまける意見が多い。とくに、「動物の愛護及び管理に関する法律」で「人の生命、身体又は財産に害を加えるおそれがある動物として政令で定める特定動物」は咬傷事故がほとんど起きていない野生動物に限定され、闘犬などの大型犬はリストにないことに憤懣を持っている。地方自治体が定めた条例では、死亡などの重大事故を起こした闘犬などを「特定犬」に指定して厳格な飼養管理を定めている例もあるが、国はそれを何故できないのか?

茨城県動物の愛護及び管理に関する条例

2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に定めるところによる。

(5) 特定犬 次のいずれかに該当する犬をいう。

ア 人に危害を加えるおそれがあるものとして規則で定める犬種に属する犬

イ アに規定する犬以外の犬で,その体高及び体長が人に危害を加えるおそれがあるものとして規則で定める基準に該当するもの

ウ ア及びイに規定する犬以外の犬で,人に危害を加えるおそれがあると認め,知事が指定したもの

人に危害を加えるおそれのあるものとして定める8犬種

1.秋田犬、 2.紀州犬、 3.土佐犬、 4.ジャーマン・シェパード、 5.ドーベルマン、 6.グレートデン、 7.セントバーナード、 8.アメリカン・スタッフォードシャー・テリア(アメリカン・ピット・ブル・テリア)

 体高60センチメートルかつ体長70センチメートル以上の犬(雑種含む)

 特定犬は「おり」の中で飼うこと。

上下四方が囲まれていること。

十分な強度を持っていること。

人に危害を加えられない構造になっていること。

 特定犬である旨の標識(ラベル)を掲示すること。

 

闘犬については「闘犬等取締条例」が闘犬等の闘いを見せる目的で公衆を集めることを禁止しているが、あくまでも動物愛護のためであり、咬傷事故を防ぐ目的はない。「動物の愛護及び管理に関する法律」も基本的に動物愛護の推進を目的としており、イヌによる咬傷事故の予防を目的としておらず、事故発生時の届出(噛まれた被害者、噛んだ犬の飼い主、噛み傷の治療にあたった医師)等の措置を定めてあるだけである。すなわち、咬傷事故の予防を主な目的とする法律は存在しない。これでは、闘犬に咬まれて死亡する事故はなくならないだろう。

上記法律に基づいて定めた咬傷事故処理マニュアルは、狂犬病予防についての措置が主であり、被咬傷者への対応は被害届出の受理だけで、「民事的な部分には介入できない」として飼主との調停はしないこととなっている。ただし、「特に悪質である場合は告発措置」が採られるので、被咬傷者は保健所に届けて警察に動いてもらう必要があり、被害届を出さないと警察も動いてくれないことに留意する必要がある。

松市犬による咬傷事故処理マニュアル

第2 届出の受理

犬による咬傷事故等の被害の届出があった場合は、咬傷事故受理簿(第1号様式)により受付ける。

第3 狂犬病予防員等による咬傷犬による被害拡大の防止等の措置

(1) 咬傷犬による被害拡大を防止するため、咬傷犬を速やかに保護すること。

(2) 速やかに保護時の狂犬病臨床診断を実施する。

(3) 咬傷犬の所有者及び狂犬病予防注射の実施の有無を確認する。

(4) 咬傷犬の所有者が判明した場合は、咬傷犬の検診の間、咬傷犬の所有者が咬傷犬の適正な管理が可能であるか確認する。管理上問題があると判断される場合は保健所に収容する

第4 被咬傷者への被害状況調査及び事故処理

(1) 被咬傷者に病院等で適切な傷の処置を行うことについて助言する。

(2) 被害状況を聴取する。

(3) 条例第6条の規定に基づき、畜犬による被害の届出を提出(任意)させる。

(4) 民事的な部分には介入できない旨を説明し理解を求める。

第5 咬傷犬の所有者への咬傷犬の飼育状況調査及び指導

第6 咬傷犬の検診と結果通知

第7 咬傷犬の所有者への指導基準

第8 咬傷犬の所有者に対する措置命令

第9 咬傷犬の所有者へのその他の措置

下記に記載する事項や故意に犬を放すなど、特に悪質であると総合的に判断される場合は、告発措置を考慮するものとする。ただし、咬傷事故の発生原因が不明確な場合は慎重に対処すること。

(1) 狂犬病予防法に基づく犬の登録及び狂犬病予防注射の実施が行なわれない。

(2) 犬による人等への被害が甚大であるまたは繰り返し発生している。

(3) 条例第3条に基づく犬の係留が遵守されていない。

(4) 条例第7条に基づく処置命令に従わない。

(5) 規則第2条に基づく犬の適正な係留が遵守されていない。

第10 検診において狂犬病の発生が疑われる場合の措置

(つづく 2016/3/30

イヌ咬傷による感染症

イヌ咬傷による感染症の中で狂犬病は最も恐ろしいが、日本は半世紀以上発生していない狂犬病清浄国であることから、それ以外の感染症を取り上げる。

カプノサイトファーガ・カニモルサス(Capnocytophaga canimorsus)は1976年に初めて報告され、その後の30余年の間に世界で約200 例のヒト感染症例が報告されている。感染例数は多くないが、発症すると敗血症を起こし、致命率が30%と高い。この菌はイヌとネコの口腔内に常在しており、国内の調査で保菌率は、それぞれ、74%57%であった(鈴木:モダンメディ)。

 

日本におけるカプノサイトファーガ感染例(厚労省

 

患者

感染源

主な症状

転帰

1

2002

女・90

猫・咬傷

意識障害

死亡

2

3

2004

男・60

男・40

猫・掻傷

猫・咬傷

敗血症

敗血症

死亡

回復

4

5

2006

女・70

男・60

犬・咬傷

不明

敗血症、DIC、多臓器不全、意識障害

敗血症、DIC

回復

死亡

6

7

2007

女・70

女・50

犬・咬傷

猫・掻傷

敗血症、髄膜炎、意識障害

敗血症、嘔吐

回復

死亡

8

9

10

11

12

13

2008

男・60

男・50

男・40

男・70

男・70

男・70

犬・咬傷

犬・咬傷

犬・咬傷

犬・咬傷

猫・掻傷

猫・掻傷

敗血症、DIC、黄疸、多臓器不全

敗血症、DIC

敗血症、DIC

発熱、創部発赤

敗血症

敗血症、DIC

死亡

回復

回復

回復

死亡

回復

14

2009

女・60

不明(犬)

電撃性紫斑、四肢末梢壊死

回復

 

日本において報告された最初の症例は、200212月末にペットの猫に咬まれた95歳の女性で、下痢と食欲不振から始まり、顔面浮腫から意識混濁へと進行して入院し、15日目に死亡した(Capnocytophaga canimorsusによる菌血症の1症例)。複数の基礎疾患があり原因の特定に苦労し、静脈血培養で細菌が検出されたが同定に手間取り、最終的にはPCRで確認した。初発例であり、1症例で論文として受理された貴重な報告である。その後8年間で14名の感染が確認され、6名が亡くなった。2012年の論文では、2009年に2名、2010年に5名、2011年に3名の感染となっており、上記の表以降も同様の頻度で感染事例が続いている。感染症法で届け出疾患になっていないので、実際の感染頻度は不明であり、イヌとネコの保菌率からすると受診していない軽症例が多数あるものと推察される。

世界の最新の発生状況も調べたが有料のため閲覧できなかった。2015年の欧州の報告の要旨では484症例について検討され、平均年齢55歳、致命率は26%としている。脾臓摘出やアルコール中毒の患者は敗血症に陥る確率が高く、髄膜炎になる患者は高齢者が多く潜伏期間が長く致命率は前者より低いとしている。カリフォルニア州の2006年の報告では、それまでの32年間で56例が検査で確認されたが、検査が難しく氷山の一角しか把握できていないとしている。この検査機関に依頼されたサンプル数は、年間平均1.75で、19902004年に約4倍に増加したとしている(下図)。患者の年齢は4ヶ月から99歳で、79%50歳以上、平均年齢57歳、致命率33%であった。症状は、敗血症32%、髄膜炎13%、発熱13%、蜂巣炎11%、敗血性ショック9%などであった。

国立感染症研究所の今岡先生2012年のとりまとめでは、「今まで注目されていなかっただけで、新しい病気ではない」とした上で、「臨床のお医者さん方からは、この患者さんは報告するに足ると、報告する価値があるという患者さんしか表に出てきていません。ですから、軽症の患者さんというのは含まれていないということになる」としている。そして、イヌに咬まれるのは若い世代が多いが、「患者さんの90%以上が40 歳以上」であり、重症化は年齢が関係しているとしている(下図)。イヌやネコに咬まれたり引っ掻かれたりしてから、13日で発症する例が多いとしており、カプノサイトファーガ感染についての医師の関心がそれほど高くない状況では、見逃されている間に病状が進行するか、治癒するために報告例が少ない可能性がある。まだまだ不明なことが多い新興感染症である。

(つづく 2016/4/2

パスツレラ症Pasteurella multocida):環境省の「人と動物の共通感染症に関するガイドライン(2007」および厚労省の「愛玩動物の衛生管理の徹底に関するガイドライン 2006」では、パスツレラ症は咬傷による感染症のなかで最も患者数が多いとしている。約75%のイヌ、およびほぼ100%ネコの口腔内、上気道、消化管に常在していることから、相当数の患者が発生していると推察されるが、届け出義務がないので発生状況の詳細は不明である。

国立感染症研究所今岡氏は、全国を対象に20 歳から99 歳のアンケート調査(有効回収数5万人)を行い、28%が過去5年間でイヌやネコから咬傷、創傷を受けたことがあると回答した。それら1万4,000人の内12%(1,761人)が何らかの症状を訴え、その内の44%が医療機関を受診した。すなわち、5万人当たり3.5%(1,761人)が発症し、1.54%(769人)が受診歴を持っていた。これらの全てがパスツレラ症ではないが、かなりの部分を占めると推定される。

 

研修指定病院における Pasteurella spp.の分離状況

調査期間

調査病院数

回答病院数(%)

分離病院数(%)

19881991

380

258 (67.8)

115 (44.6)

19922001

478

291 (60.9)

206 (70.8)

荒島康友他 本邦におけるPasteurella multocidaの分離状況(1991年)」、

1992200110年間の本邦における Pasteurella spp.の分離状況(2004

荒島氏らが検査設備の整った大病院に対して行ったアンケート調査では、菌を分離した病院の割合が、10年間で44.6%から70.8%へと顕著に増加し、前年度比平均増加率は、19891991年が約25%、19972001年が約 40%と急増傾向が高まっているとしている。敗血症による死亡例や目に感染した2歳の女児が失明など、重大な症例も2件から6件へと3倍に増加したと報告している。

症例報告としては、82歳男性が夜間の喘鳴,湿性咳嗽で受診して胸部レントゲン写真で肺炎を指摘され、喀痰培養検査でパスツレラ菌が確認されたがあり、10 年以上室内でイヌ(雑種)2 匹と生活を共にしており,添い寝や口移しで餌を与えるなど濃厚な接触があった(医学検査、2014)ことから、気道感染または経口感染も起きることが示されている。

米国では年間500万件の咬傷事故が発生し、10-20名が死亡している。その85-90%がイヌ、5-10%がネコによるものとされ、イヌ咬傷では約15-20%、ネコ咬傷では50%以上が感染症を引き起こしている(Pasteurella Multocida Infection)。咬傷犬の50%からP. multocidaが分離され、15-20%の咬傷事例が感染症を起こしている。退行性関節疾患、関節リウマチ、人工関節は、パスツレラ敗血症性関節炎のリスク要因である。慢性閉塞性肺疾患は、パスツレラ上気道感染症のリスク要因であり、およそ30%の死亡率をもたらす。糖尿病と肝機能障害は、パスツレラ症および菌血症と関連する素因となる。妊娠中のP. multocida感染で子宮内伝播が報告されている。局所的P. multocida感染は予後良好である。重大な死亡は、筋骨格系とくに手のP. multocida感染と関連している。播種性P. multocida感染は、死亡率が25-30%とリスクが高い。

全ての年齢層がP. multocidaに感染し得る。幼児は、致命的でないイヌ咬傷としばしば関係する。P. multocidaによる髄膜炎は、一般的に高齢者がなり易い。

 

イヌのブルセラ症Burusella Canis): ブルセラ症は、ヤギ(B.melitensis)、ヒツジ(B. ovis)、ウシ(B. abortus)、ブタ(B.suis)、イヌ(B.canis)の流産などの繁殖障害を引き起こす性感染症であり、ヒトにも感染する。ヒトに対する病原性は記載した順で、B.canisは弱い。日本では家畜のブルセラ症の発生はなくなっており、イヌブルセラ症のみが残っている。

国立感染症研究所の今岡氏がとりまとめた総説から、イヌのブルセラ症の発生状況を抜き書きする。集団発生例は2000年以降も起きており、ドッグカフェでの事例もあるが、繁殖施設が主である。施設内の半数程度が感染しており、陽性犬の処置としては安楽死が主であるが、治療している例もある。すなわち、それらは保菌状態が続き、ペットショップを介して一般家庭で飼育される結果を招く。

国内のイヌブルセラ症集団発生状況

発生年

飼育場・用途

感染

陽性犬の処置

感染者

2003

静岡

繁殖施設

51/114

不明

なし

20052006

沖縄

繁殖施設(2ヶ所)

16/83

安楽死・治療

なし

20062007

大阪

繁殖施設

139/263

安楽死

なし

2008

愛知

ペットショップ・繁殖施設

15/37

安楽死

飼育者2名

2008

東京・千葉

ドッグレンタル・ドッグカフェ等

18/59

去勢

なし

 

日本おける犬ブルセラ病の疫学調査

地域

調査年

試験方法

陽性頭数

陽性率

東北

1977

試験管凝集反応

細菌分離

24/315

2/315

7.6%

0.6%

九州

1977

試験管凝集反応

27/1,739

1.6%

東京・神奈川

1974-1977

試験管凝集反応

細菌分離

27/945

12/459

2.9%

2.6%

岐阜・滋賀

1976-1977

試験管凝集反応

細菌分離

52/1,186

33/1,186

4.4%

2.8%

青森

1991

試験管凝集反応

細菌分離

5/259

1/48

1.9%

2.1%

全国

2005-2006

試験管凝集反応

35/1,158

3.0%

中部

2006

試験管凝集反応

ラテックス凝集反応

PCR

41/318

12/318

5/318

12.9%

3.8%

1.6%

神奈川

2003-2006

試験管凝集反応

12/485

2.5%

宮城・神奈川・静岡・愛知・

京都・奈良・愛媛

2012

試験管凝集反応

6/1,104

0.54%

 

一般家庭で飼育されているイヌの感染状況は、地域や調査年によって異なるが、数%が感染していることが明らかにされている。予防ワクチンは現在のところ開発されていないため,ブルセラに対する抗体が検出された場合、感染経験があり、保菌が続いている可能性を考えなければならない。排菌の確認はPCRで検査できるが、そこまで対応してくれる一般の開業医は少ないだろう。すなわち、繁殖施設やペットショップ段階で陽性犬を安楽死させることで、市中にブルセラ陽性犬を出さない対応が求められる。

ヒトのブルセラ症は、感染症法で1999年以降4類感染症に指定されている。B.canis以外の家畜のブルセラ症からの感染例は全て輸入症例であり、国内発生したB.canis症例のみを抜き書きする。

 

ヒトのBurusella Canis感染症例(抗体陽性で確認済み)

年齢

感染経路

症状

菌分離

2002

40

東京

ペット

発熱、食欲不振

2005

10

長野

不明

発熱、筋肉痛、腹痛

2006

60

長野

不明

発熱、脾腫

70

宮城

不明

発熱、中枢神経症状

2007

40

大阪

イヌ

リンパ節腫脹、倦怠感

2008

10

埼玉

飼い犬

発熱、関節炎、筋炎

20

愛知

繁殖犬

発熱、脾腫、肝腫大

40

愛知

繁殖犬

発熱

2010

60

熊本

不明

発熱

2011

60

鳥取

不明

発熱、

 

抗体陽性から感染歴はあるが、菌が分離されたのは2008年のペットショップ・繁殖施設の従業員のみであり、出産時の悪露等との接触により感染したと推定される。B . Canisのヒト感染経路の典型例であり、その他の症例の具体的な感染の経緯は不明である。イヌの保菌率が数%であることから、実際の感染例はもっと多いと推定されるが、症状が軽いか、無症状で経過していると思われる。

ヤギ(B.melitensis)などの家畜から感染する病型は、波状熱、間欠熱が数ヶ月以上続き、致命率は2%程度とされている。岡本「世界各国におけるヒトブルセラ病の発生状況」、「ブルセラ病」を参照してください。

 

イヌ咬傷によるその他の感染症: 皮膚に常在する黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)などの感染例が多いとされているが、傷の深さや汚れが大きく関与し、骨に達する状態であれば土壌由来の破傷風菌感染も考える必要がある。

咬傷による失血死などの重大事故が減っていない状況であり、さらに様々な感染症のリスクが発生することから、咬傷事故を起こさないための飼主の責任および闘犬などの大型犬の飼育規制を検討しなければならない。イヌ咬傷というと「狂犬病対策」を挙げる場合が多いが、狂犬病が発生していない現状で起きている被害をなくすための対策をもっと強調すべきである。それは、愛犬家も犬嫌いも納得できるヒトと動物の共生を目指す取組みを続けることによって達成できる。

責任ある飼い方をし、万一、咬傷事故発生時には飼主の責任を免れることができない(裁判しても100%負ける)ことを自覚し、次の手順で誠実に事故処理をする。

イヌ咬傷事故発生時の対応

散歩時はリードなどでしっかりとつなぎ、子供や他の散歩イヌとの距離を十分とって、事故防止に努める。それでも起きてしまったら・・・

1.ケガの治療に関する対応

被害者の掛りつけ病院の有無を確認し、すぐに救急車を呼ぶ。

犬を落ち着かせて隔離し(近くに係留)、事故の拡大を防ぐ。

病院に同伴し、飼い犬の予防接種の時期と有無を伝える。

ケガの治療(破傷風・狂犬病ワクチン接種を含む)をする。

2.咬傷に関する報告と届出

「飼犬の咬傷届」を24時間以内に保健所に提出する。

事故発生から48時間以内に飼い犬を獣医師に診てもらい、「検診証明書」をもらう。

「検診証明書」を保健所と被害者に提出する。

被害者から「犬による咬傷被害届」を保健所に提出してもらう。

3.その後の話し合いと対応

被害者との話し合い。

誠意的な謝罪と治療費・慰謝料などの支払い。

和解書・示談書を作成して和解。

飼い犬咬傷届出書

                                年  月  日

知事  様

届出者

郵便番号

住  所

氏  名            印

電話番号

   私の所有する(管理する)飼い犬が人をかんだので、動物の愛護及び管理に関する条例の規定により、次のとおり届出をします。

飼い犬の情報

所有者

住所

 

 

 

氏名

 

電話番号

 

飼養場所

 

種類

 

生年月日

 

毛色

 

性別

 

名前

 

体格

 

狂犬病予防法による登録番号

 

登録年月日

 

狂犬病予防法による注射済み表番号

 

最終注射年月日

 

咬傷事故の状況

発生日時

 

咬傷部位

 

発生場所

 

発生時の係留の有無

 

過去の事故発生の有無

 

発生状況

 

 

 

被害者

氏名

 

性別・年齢

 

住所

 

電話番号

 

職業等

 

備考

 

(完 2016/4/4