公衆衛生学とは何ぞや

 「公衆衛生とは、国民の健康を肉体的、精神的ならびに社会的に良好に保全することを目的とし、公私の保健機関の組織的な活動によって、この目的達成に必要な自然科学的ならびに社会科学的原理を考究し、これを国民に有効に適用することである」という野辺地慶三の定義がよく引用され、私も的を得ているとは思うが、若干不満?が残る.「原理の考究」と「国民に適用」というニュアンスが気に入らないのである.

 個別科学として、「衛生」細菌学、「衛生」化学、精神「衛生」学、「衛生」工学・・・などの「衛生」を含む分野があり、「衛生」を冠しない基礎学との関連も不安定な状況にある中で、それらを包含する公衆衛生「学」の「原理」は存在するのか? 公衆衛生学のスタートラインには「社会的ニーズの把握」もあるが、「原理を適用する」とは逆の方向にみえる.とすれば、「社会的ニーズを把握する方法論」が「原理」の重要な部分として位置付けられていなければならないが、それは「衛生」統計学や疫学が担う分野であり、それと公衆衛生学との境界は不鮮明である.

 公衆衛生学は、個別科学とは異なり、健康と福祉に関わる総合科学体系であり、各々の問題によって関与する個別科学領域は様相を異なるのであり、個別科学と対等な独自の方法論と学問体系を定義づけることは自己矛盾に陥る.公衆衛生学とは、大衆の衛生向上に関わる技術体系であり、その効果的実施に関わる方策論である.公衆衛生を担う行政であろうと民間団体であろうと、問題の把握、方策の立案、実施効果と影響の評価などの実践的課題の解決方法が最も重要な部分を占めている.公衆衛生学はそうした健康と福祉に関わる実践的課題の解決方法の基礎となる考え方であり、Doctor of Philosophy の Philosophy「哲学」に相当するものである.

 終末医療を巡って様々な見解が出され、具体的行為がなされて社会的関心を呼んでいるが、公衆衛生上の問題でもある.「尊厳死」について医学(自然科学)、宗教学(人文科学)、法学(社会科学)の種々の立場から提起される考え方について合意形成する過程とその合意内容が公衆衛生だと思う.当然のことながら、所属する社会の伝統文化や時代背景によって合意内容は異なる可能性があり、これも個別科学とは性格を異にする.もちろん、地域的相違を前提にして、国際的合意形成が不可欠であることは言うまでもない.

 食品衛生についても同様であり、人間が口にする動植物等には様々な物理的、化学的、生物学的危害が潜在しており、その危害を加工・調理過程で無害化してきたのが食文化である.「くさや」が低俗で「ソテー」が高級などといったことはないのである.自然界の有害物質に加えて、人工的有害物質が氾濫している時代において、安全性に絶対はないのであり、危害の程度をどの程度の確率に抑えるかが問題となっているのである.個々の有害性をどの程度まで制御するかは、各々の地域社会の状況によって異なってくる.それは危害の程度と防止策の費用やデメリットとのバランスシートについて社会的合意を形成することであり、公衆衛生学の役割である.単に知識、技術、調査・実験成績を集積しても、公衆衛生学的考え方ができないと誤った結論を導いてしまう恐れがある.

 獣医公衆衛生学とは、獣医学を基礎として健康と福祉に関わる総合科学体系に参画している一分野であり、とくに、動物とヒトとの関わり(食糧、伴侶、役畜、生態系保護など)において最重要の役割が期待されている.  地球環境時代を迎え、組織・機構、制度、その背後の価値観が大転換している中で、社会的混乱もみられる.新しい時代を切り開く若い学生には、閉鎖集団(オウム)にならないため、広く学び、思考することが、公衆衛生学においてはとくに大切であることを強調しておく.

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