狂犬病予防接種は何故必要か

岡本嘉六、坂本 紘(鹿児島大学農学部)


韓国における人の狂犬病発生情報(1999年5月13日 )
米国における1996年の狂犬病調査(日本獣医師会訳)
ラオスにおける狂犬病調査報告(協力隊員として2年間ラオスで活動された稲垣動物病院長
狂犬病が発生していない日本で,犬の予防接種を受ける必要があるのだろうか? 登録が1回で済むのだから,予防接種も登録時に受ければ後はもうしなくてもいいのではないか? AさんやBさんは受けていないのだから,私も受けなくていいだろう? このような疑問を感じる方も少なくないかもしれない.しかし,このような考え方は,「赤信号,みんなで渡れば恐くない」というのと同様で,何事もなく渡れることもあるだろうが,「何時かはみんなで事故に合う」ことになりかねない.その訳を一通り説明する.
予防接種は動物福祉である
「戦争中日本では、犬に分かつべき十分な食糧がなかったので、屠殺する方針がとられた.しかし終戦後犬の数は激増し、関東平野で狂犬病が発生し、大問題となったので、野犬対策を講ずる必要があった.その頃、動物虐待防止協会なるものが結成されたが、この協会は、狂犬病対策というわれわれの一大計画に関連してわれわれを腹立たせるような事件を引き起こした.・・・・野犬狩りをさせ、捕えられた犬を収容所に入れ、引き取り手がない場合には屠殺させていたことを知り、これに抗議したのである.収容した犬は狂犬病の有無を見るため検査された.その結果多くの犬が狂犬病に罹っていることが判明した.狂犬病に罹った犬に咬まれた児童や大人が死亡したために、その対策が焦眉の急となっていた.ところが、この二人のアメリカ人は何度も日本の野犬収容所に出かけ、勝手に犬を逃がしてしまった」.米軍占領下で総指令部公衆衛生福祉局長を勤めたサムスの回顧録であるが、最も重要な問題が凝縮して書かれているので長文を引用した.
狂犬病の流行時に予防接種を受けていない野犬を捕獲し、殺処分することは当時から50年経った現在でも、この先50年経った後でも変ることのない基本的な防圧対策である.動物福祉が当時より重要視されている時代にこのような事態になったら、どうなるだろうか? 「人命か動物福祉か」といった不幸な二者択一を議論するより、「人命も動物福祉も」守るために、狂犬病の予防接種は励行しなくてはならない.以下の項目を読み、サムスの一文を考え、狂犬病の予防接種について理解を深めていただきたい.
狂犬病流行地域での動物との接触
WHOの調査では,人への感染源は,イヌ82%,ネコ10%,ウシ1%,キツネ2%,その他5%となっている.狂犬病が流行している地域では、目つきが鋭くよだれを垂らしている犬はもちろん、夜行性動物が昼間に出現したり、歩行がもつれるなど不審な行動をとる動物はすべて狂犬病の疑いがある.狂犬病あるいはその疑いのある動物と接触した場合にとるべき処置がWHOから出されている(表1).動物との接触状態により危険度が I 〜 III に分けられている.ウイルスが体内に侵入し易い露出部位の咬傷あるいは目や唇などの粘膜を舐められた場合が最も危険性が高い.ウイルスは唾液に含まれており、着服部位では唾液を衣類が吸い取ってくれるので中等度の危険性がある.傷のない手で撫でたり、手袋をして触ったりした場合には感染の危険はない.
接触した動物の状態で人に対する処置も異なってくる.すなわち、その動物が狂犬病であるか否かを診断することが重要となる.犬と猫の場合には、捕獲した上で接触後10日間観察し、疑わしい場合のみ殺して脳を調べる.棒で突ついたり石をなげたりして挑発した場合は咬んだ理由がはっきりしているが、訳もなく咬んだ場合には狂犬病を疑い、安楽死させて脳を検査する.その他の動物については、捕獲すること事態が困難であるが、すべて安楽死させて脳を検査する.動物が狂犬病に罹っているかどうかは、脳のアンモン角にネグリ小体があるかあるいは蛍光抗体法でウイルスが確認できるかによって判断する.これに代わるべき信頼のおける血清診断などがないため、検査のため殺さざるを得ないのである.発症していれば、診断は容易であるが、もちろん殺処分される.
人に対する最初の処置は、水、石鹸、洗剤で咬傷部を十分に洗浄した後、消毒用エタノール、ヨード液、あるいはアンモニア化合物を塗布する.その後医師ができることは、咬傷に対する一般的治療の外には、不活化ワクチンを接種して当人の狂犬病に対する免疫をつくることが主となる.ウイルスが体内に広がって神経に到達すると抗体も作用しなくなるので、当人の抗体価の上昇スピードとの競争が勝負となり、不安な日々が続くことになる.リスク III では抗体価の高い抗血清を接種することになるが、これには副作用がつきまとう.
狂犬病は何故怖いか
世界における狂犬病による年間の死者数は、1992年には1,326人が把握されているが、実際には未報告例がほとんどで、WHOでは60,000〜70,000人と推定している.これらの90%以上がアジア諸国に集中しており、インドで1万人、タイやフィリピンでは200〜300人と推定されている.しかし、死者数だけでは狂犬病の怖さの正体は判らない.狂犬病が重大視されるのは、以下の理由による.
(1)症状が発現すると100%死亡する.抗血清や薬物は、血液ー脳関門を通過できず、脳に達しない.発症時にはウイルスがすでに脳を侵しており、脳におけるウイルスの増殖を阻止する方法がないのである.発病率は、狂犬病動物との接触状態に左右され、頭頚部や顔面の咬傷では50%、手足等の露出部の咬傷では30%、衣服の上からの咬傷では10%程度とされている.
(2)血清療法には重篤な副作用を起こすことがある.抗血清は不活化ワクチンを接種して免疫したウマから採血したものである.異種動物の血清を人に接種すると15〜45%の人に血清病を惹き起こす.蕁麻疹、浮腫、発熱といった軽度のものから、血管透過性亢進と平滑筋収縮などによる循環不全および呼吸不全による全身反応(アナフラキシーショック)による死亡まで含まれる.とくに、すでに破傷風や毒蛇の咬傷などの治療に抗血清を接種された人は、アナフラキシーショックを起こす確率が極めて高い.
(3)ワクチンの安全性は高まったが、10年前までは重篤な副作用があった.パスツール博士が1880年(明治17年)に初めてワクチンを開発したことは、伝記で読んだ方も多いと思うが、それが狂犬病に対するワクチンであった.狂犬病の犬の脳を乳剤としてウサギに接種し、その脊髄を苛性カリを入れた瓶で乾燥させたものがパスツールワクチンである.ウサギを何回も通過させて弱毒化したウイルスであるが、生きたままであることから、病原性が全くなくなったとは言えなかった.その後、ウイルスを接種した動物の脳から回収したウイルスをホルマリンや石炭酸などで不活化したものが開発され、つい先ごろまで日本でも使われていた.この不活化ワクチンにより、生ワクチンと異なって、ワクチン接種によって狂犬病に罹る危険性はなくなった.しかし、神経成分を完全に取り除くことができないため、それに対する抗体が産生されて当人の神経や脳が侵されるワクチン後麻痺が避けられなかった.ワクチン接種によって、手足麻痺などの軽症例が400人に1人、死亡例が1500人に1人が発生していた.現在は、神経組織以外の培養細胞でウイルスを殖やすことが可能となったので、この危険性はほとんどなくなった.
(4)発症してから死亡するまでの日数は3日から3週間とされ、断続的に恐水発作に襲われる.三叉神経や舌下神経が過敏になり、水や唾液が刺激となって起こる発作で、「誤って熱湯を飲んだ時の反射行動をさらに激しくしたもの」と表現されるが、全身を痙攣させて卒倒し昏睡に至る.患者は聴覚過敏から水音を聞いただけで発作に見舞われるようになり、発作の恐怖から飲水を拒否するが激しい渇きに襲われ、恐怖の叫びは声帯の麻痺や腫脹によって犬の吠え声のようになり、狂乱状態になって部屋から逃げ出そうとする.この発作の激しさから、狂犬病のことを「恐水病」と称し、患者のみならず周囲の人を恐怖に巻き込む.これが狂犬病の大半を占める狂躁型の病像であり、想像するだけで身の毛がよだつ.もう一つの病型である麻痺型では、嚥下困難はあるが恐水発作には至らず、全身の筋肉が麻痺し、運動不全麻痺の状態が続く.
(5)狂犬病罹患動物との接触から発病までの潜伏期は、接触状態によって異なり、1〜3ヵ月が最も多く、3年以上という長期に及ぶものがある.この間、抗体価を上げるためにワクチン接種を繰り返し、ウイルスが神経に到達しないことを祈るわけであるが、ワクチン接種開始後少なくとも2ヵ月までは発病の危険性がなくなったとはいえず、潜伏期間中は不安が拭えない.
(6)狂犬病が一旦流行すると、根絶が極めて困難である.世界で狂犬病がない国は8ヵ国に過ぎないことが困難さを雄弁に物語っている.それは、狂犬病ウイルスは全ての温血動物を侵すため、伴侶動物のみならず、野生動物に入り込んでいるからである.
日本では昭和31年(1956年)まで狂犬病があった
日本では平安時代に書かれた「医心方」に狂犬病の記載があり、朝鮮から日本に犬が送られた記録もあることから、その頃からあったものと推定されている.狂犬病流行の記録は江戸時代になってからで、将軍綱吉の出した「生類憐れみの令」が犬との関わりの煩わしさを人々に強制し、その結果捨て犬が増大したことによるとされている.「犬のみにあらず狼狐狸の類多く死す、人牛馬も噛みつかれては熱強く、食事も絶し、犬のごとく狂い廻り死す」と記録され、17世紀末には「人喰犬係留命令」が出され、「狂暴犬収容所」が設置された.東京中野の収容所では、16万坪の敷地に、25坪の犬小屋290棟、7.5坪の日除け場295棟、小犬養育所459棟あり、42000頭飼われていたそうである.
明治に入ると維新戦争の混乱もあって野犬の狂犬病が流行し、犬の咬傷による牛、馬、猫、および人の死亡が相次いだが、病畜数などの全国集計する体制はまだできていない.1972年(明治5年)には「東京番人規則」により、畜犬の首輪には飼い主の住所氏名を記した木札をつけること、路上に狂犬を見つけたら打殺することなどが定められた.1981年(明治14年)には「畜犬取締規則」により犬の登録制度が始まった.1896年(明治29年)には「獣疫予防法」が定められ、犬の狂犬病を法定伝染病とすることにより行政的対応が強化され、病畜数も把握されるようになった(図1).しかし、流行は収まらず、大正年間に入って増加する様相を呈した.そこで、犬に対する予防接種が必須となり、そのためのワクチンの開発が急務となった.押田(押田研究所)によるウサギ脳脊髄乳剤の頻回投与法の開発(1915年)、梅野(北里研究所)および近藤(農商務省獣疫研究所)によるパスツール研究所由来株による減毒ワクチンの実用化(1918年)などの基礎的研究が精力的に行われた.これらの研究成果に基づいて狂犬病ワクチンの製造許可を受けた機関は、1928年には民間研究所 5施設、道府県などの公的機関が18施設に及んだ.
これらの防疫活動を補強するために「獣疫予防法」が改訂され、1922年(大正11年)に「家畜伝染病予防法」が成立した.「第7条 ・・・伝染病予防上必要アリト認メルトキハ警察官又ハ家畜防疫委員ヲシテ家畜ニ・・・・予防液ノ注射ヲ行ハシムルコトヲ得」という規定に基づき、予防接種が推進された.また、偽造監札が出回ったため「畜犬取締規則」を改正(1921年)して木製から登録番号を付けた金属製のものとした.1923年に起きた関東大震災により、野犬が増加したこともあって流行はさらに激化したが、予防接種の普及と野犬の捕獲などの積み重ねにより、1936年(昭和11年)の犬3頭の発生を最後に流行は終焉した.1918~1927年の10年間に予防接種された犬は120万頭に達し、接種済みの犬で発症したのは224頭のみで、この間に未接種犬の発症が15,000頭以上あったと記録されている.
第二次大戦中は,防寒毛皮の原材料として犬も供出対象となったこともあり,放浪犬が減少し、狂犬病はしばしの間発生しなかった.しかし、大戦末の1944年(昭和19年)には狂犬788頭と患者46人が発生し、1949年(昭和24年)には狂犬614頭が確認され、76人が狂犬病で死亡する事態に及んだ.冒頭で紹介した連合軍総指令部のサムス公衆衛生福祉局長は、犬の移動禁止、犬の展示会等の中止、飼い犬の予防接種の励行と邸内監禁、野犬掃蕩、マスメディアによる広報、などの緊急措置を厚生省と農林省に要求している.このような大流行の兆しを背景に、「狂犬病予防法」が1950年(昭和25年)に制定され、年1回の登録と監札の交付、6カ月毎の狂犬病予防接種の義務化、野犬の捕獲、輸出入検疫が体系化され、これにより、1956年(昭和31年)の犬6頭の発生を最後に日本から狂犬病が一掃された.
図1は,人と犬の狂犬病の流行は完全に重なっており,日本での狂犬病は専ら犬が感染源となってきたことを示している.また、戦争や地震などの社会的混乱が野犬の増加を招き、狂犬病の流行の誘因となっていることも明らかである.雲仙噴火や阪神大震災では、獣医師会を含めた各界の協力で被災動物の保護活動が展開されたが、「かつて狂犬病が流行していた関東大震災ではどうだったのか?」と文献を探したが民間の記録は見当たらなかった.
狂犬病ウイルスは野生動物の間で生存している
狂犬病ウイルスは,食肉獣の間で維持されており,脳と唾液腺で増殖し,咬傷によって次の個体に伝播する.咬まれた感受性動物は、数日から数カ月の潜伏期間を経て発症し死亡するので、群の繁殖と死亡のバランスがとれずに生息密度が少なくなるとウイルスも跡絶えてしまうことになる.このようなバランスがとれた群の中でウイルスが常時伝播されている動物種を病原巣といい、スカンク、アライグマ、キツネ、コウモリが確認されている(図2).それぞれの動物種で流行しているウイルス株は性状が若干異なっており、咬傷により感染した他種動物は発症して死亡するが、次への感染源とはなりにくいとされている.
コウモリについては、20世紀初頭に南ブラジルでウシやウマが狂犬病で死亡した事例を調べたところ、野生肉食獣や犬の関与が否定され、コウモリが昼間ウシを襲って咬むという異常行動が判明したことに端を発している.コウモリは夜行性動物であまり目立たないが、哺乳類の中では種の数が2番目に多く、個体数では最も多いとされている.ドラキュラで有名な吸血コウモリのみならず、食虫コウモリやフルーツコウモリなども病原巣として知られている.コウモリは唾液のみならず,糞や尿にもウイルスが存在し,これらが塵として空中を漂う.昼間は洞窟に密集して生活していることから、ウイルスを含む塵埃を吸い込むことによってコウモリからコウモリへと伝播することが判明した.コウモリがいる洞窟を探索した人が、気道感染した事例もある.もちろん、コウモリ同士の喧嘩による咬傷でも感染する.感染様式の違いとともに、コウモリでは唾液腺と神経組織のみならず、褐色脂肪組織でもウイルスが増殖することが他の哺乳類と異なっている.この脂肪組織は冬眠腺ともいわれ、冬眠中の栄養保管庫となっているのであるが、ウイルスはこの組織で越冬し、春先から再び活躍することになる.
他種動物はこれらの病原巣との接触によって感染する.病原巣の動物種に維持されているウイルスには、他種の感受性動物に感染した後は唾液腺での増殖が悪く、感染力が低下して途切れることになる.家畜や伴侶動物の中では、犬は唾液腺でのウイルス増殖が盛んなため病原巣となり、狂犬病の防疫上最も要注意な動物とされている.他方、猫ではウイルスの増殖が悪いので、猫から猫への二次感染は起りにくい.
世界で狂犬病のない国はわずかである
動物の狂犬病が発生していない地域は、アジアでは3ヵ国(太字は島国;日本、キプロス、シンガポール)、オセアニアでは3ヵ国(オーストラリア、ニュージーランド、フィジー)、ヨーロッパでは5ヵ国(イギリス、アイルランド、スウェーデン、ノルウェー、アイスランド)に過ぎず、南北アメリカとアフリカでは清浄地域はない(図3).人への感染源として重要な動物は、発展途上国では犬であり、予防接種による犬のコントロールに成功している先進国では野生動物となっている.野生動物の間で流行している狂犬病のコントロールが如何に困難であるかを物語っている.キツネやコウモリなどの野生動物を登録してワクチン接種済み票を付けたりできないし、かつて実施されたことのある毒殺法など現在では考えられない.米国では、東部大西洋岸のアライグマ、南中部のスカンク、北中部と西部の別種のスカンク、アリゾナとテキサスの灰色キツネが各々の地方での病原巣となっており、この外にコウモリも病原巣となっている.1989年には4,808頭が狂犬病と診断されたが、伴侶動物は12%で、88%は野生動物であったと報告されている.ヨーロッパではキツネが病原巣となっており,第二次大戦後の混乱期にポーランドに始まり,東ドイツ,西ドイツ,デンマークへと狂犬病に侵されたキツネの群が移動し,広がった.1平方キロメートルに1頭以下に棲息密度を減らせば流行が収まるとの考えで,ドイツ国境にキツネのいない地帯を設けたところ,一旦は終息した.しかし,1968年には,フランスで狂犬病のキツネが確認され,流行が依然として続いている.この間にヨーロッパではキツネに対する経口ワクチンが散布されて効果をあげつつある.
他方、狂犬病の多発地域であるアジアでは犬のコントロールも不十分であり、路上を狂犬が徘徊している地域も多く残されている.犬の登録、予防接種、野犬の捕獲などの基本的対策が十分になされないのは、ワクチン確保のための経済的理由とともに、防疫に携わる人材の確保、民間の協力体制を確保するための教育と情報活動が整っていないからである.このような現況であるから、犬以外の病原巣となっている野生動物の種類すら確定されていない.すなわち、犬の狂犬病がコントロールされた後に残される野生動物の狂犬病については、どの動物を標的としてワクチンを開発すればよいのかすら判っていないのである.
予防接種率が低いと狂犬病ウイルス侵入時に爆発的流行が起きる
犬の狂犬病の流行に予防接種がどのような効果をあげるのかを,模式的に示した(図4).予防接種を受けた犬は,咬まれても免疫反応によりウイルスが死滅するため,発症しない.狂犬病に侵された犬が近くにいる他の3頭に咬みつくものとすると,5頭中4頭(80%)が接種済みであれば,ブロックされてウイルスが広がる確率は低い.しかし,5頭中2頭(40%)程度の接種率では,次から次へと感染し,爆発的流行が起きる.犬における流行を防ぐには,最低70%の接種率を維持する必要があると考えられている.日本での登録犬数は410万頭余で、そのほとんど全てが狂犬病予防接種を受けているが、放浪犬として捕獲・処分されている年間25万頭余は未接種とみられる.放浪犬が増加し,山に放たれているものも多い現況では,家庭で飼育している犬のほとんどが予防接種を受けないと,狂犬病の侵入があった時に流行を未然に防ぐのに十分な接種率を維持できない.
「40年以上狂犬病が発生していない日本で,犬が狂犬病になるなんて信じられない」とか、「検疫があるから、日本に狂犬病が侵入する可能性はない」と思われる方もいるかもしれない.日本で検疫の対象とされている動物は、11種の家畜(産業動物の保護を目的とした家畜伝染病予防法に基づくもので、ウシ、スイギュウ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ニワトリ、アヒル、七面鳥、ウズラ、ミツバチ)と犬(狂犬病予防法に基づく)に限られている.その他の伴侶動物や動物園動物などの野生動物は検疫の対象となっていない.図5には、家畜以外の動物の輸入数の年次推移が示されていが、1980年代後半と近年になって犬に匹敵する頭数が輸入されている.これらの多くはネコであろうと推定されるが、動物種が何であるかは公表されていない.フェッレットやアライグマなどがペットショップで売られており、近所で見かけることもある.犬のようには吠えないのでマンションでの室内飼育も可能なこうした伴侶動物を飼う家庭が増えているようである.
犬の輸入元は大半がアメリカとカナダであり、ヨーロッパを加えると91%を占めている(図6).他方、犬と鳥以外の動物ではヨーロッパが80%を占め、アメリカとカナダを加えると92%となる.問題は、輸入元が狂犬病の発生が続いている国々であり、アジア、アフリカ、中南米などの狂犬病が高頻度に流行している地域も数%を占めていることである.これらの動物が検疫対象動物でないことから、狂犬病を持ち込まない保証はないのである.さらに、珍獣として密輸される動物については、全く把握されていない.狂犬病は日本に侵入する機会を窺っているとみるのが妥当である.
お隣の韓国では、戦前は年間900頭程度の犬の狂犬病が発生していたが、予防接種と野犬の淘汰によって1984年に清浄化できた.その後8年間は発生がなかったものの、1993年になって非武装地帯にウシの狂犬病が発生し、犬にまで広がり、6人の患者がでた.この際の狂犬病の侵入に関わった野生動物としてアライグマが疑われている.現在、犬の予防接種励行の一大キャンペーンとともに、非武装地帯を中心として野生動物の感染について調査を続行しているとのことである.
狂犬病のない国の防疫体制
狂犬病が発生していない11ヵ国中8ヵ国が島国であり、国境を超えて動物が移動することが少ないため国内対策のみで清浄化が可能であり、大陸の陸続きの国々より容易であった.しかし、清浄化されている11ヵ国でも、動物を輸入する際の検疫を強化するだけで狂犬病の侵入を防ぐことが可能と考えている国はない.イギリスでは、イヌだけでなく全ての動物を輸入する際に検疫が義務づけられており,それも6カ月間の抑留期間が設けられている.そのために80箇所に約5,000房の抑留施設が設けられ、常時獣医師の監督下に置かれている.また,輸入動物には予防接種が義務づけられている.英仏トンネルを通ってコウモリやキツネなどが侵入する危険に曝されており、トンネル入口にフェンスや電気網を設け、内部にワナを設置して捕獲する措置を講じている.さらに、密輸され摘発された動物が毎年100頭以上あり、市民がこの摘発キャンペーンに協力している.しかし、輸入検疫の保留期間が6ヵ月と長いことがヨーロッパ諸国から批判されている.
検疫の問題としては、狂犬病の潜伏期間は1年以上の場合もあり、抑留期間中に発見されない可能性もあることである.検疫のみでは狂犬病の侵入を防止できないとすれば、感受性動物である犬の集団免疫を高めるために予防接種を実施しておくことが重要となる.上記の清浄国のうち日本、キプロス、オーストラリア、ノルウェーの4ヵ国ではこの方針を採用している.他方、予防接種を禁止しているのは、イギリス、アイルランド、スウェーデン、ニュージーランド、シンガポールの5ヵ国である.これらの国は動物福祉の先進国であり、イギリスの例を挙げたように市民の理解と協力体制が確立している.このような条件下では、免疫のない方が侵入した病気を早く発見できるとも考えられる.野犬、野良猫が放浪している日本では、我々が発見する前にこうした感受性動物の間に狂犬病が蔓延してしまう危険性が高いと考えられる.
狂犬病の侵入をどのようにして防ぐのかは、人と動物の関係がどういう状態にあるか、ということに立脚している.規制緩和が問題となっている現在の日本で、イギリスのように野生動物の検疫を行うために専門の検疫官を増員することは非現実的であり、予防接種を禁止するために必要な野犬や野良猫などの放置の現況が改善される兆しは少ない.したがって、日本での狂犬病の防疫体制としては、現行の検疫と予防接種の励行を続けることが現在のところ最善と考えられる
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韓国における人の狂犬病発生情報(1999年5月13日 )
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